冷蔵庫の忘れ物

約10年前の夏、京都府のある農村に畜産排水をきれいにする設備を導入し、試運転調整をしていた頃の話である。処理した排水がきれいになっているかどうかを調べるため、空のペットボトルにその排水を汲んだ。現場近くのホテルに一泊し、翌日会社へ持ち帰って水質分析をすることにしていた。処理はされているものの、水道水に比べればかなり臭い水である。
 
 翌日の帰りの新幹線の中で、忘れ物に気がついた。せっかく採水したペットボトル入りの排水をホテルに忘れてしまったのであった。置き忘れた場所は、何とホテルの部屋の冷蔵庫の中だったのである。排水は、特に夏は腐敗しやすいので外には放置できず、水質分析するまでは冷暗所にて保存することになっている。だから、ホテルの方には内緒で一晩冷蔵庫の中に入れておいて、翌日持ち帰るつもりだった。しかしうっかり忘れて、そのまま冷蔵庫の中に入れっぱなしにしてしまったのである。しまった。ホテルの方に見つかったら何を言われるかわからない。でも帰途についてしまったので、今さらホテルに戻るわけにも行かない。こちらから先に恐る恐るホテルに電話をした。
「すみません。ホテルの冷蔵庫に忘れ物をしてしまいました。出して、どこかに保管しておいてください。近いうちにまた泊まりに行きますので‥‥」
するとホテル側は
「また泊まっていただけるんですね。ありがとうございます。」
との回答だけであった。

 約一週間後、再びそのホテルに泊まり、無事その排水入りペットボトルを回収した。中身はもうすっかり変質し、水質分析は出来ない状況になっていた。

 当然のことではあるが、ホテルの冷蔵庫は飲み物を入れるためのものなので、排水を入れるとはもってのほかである。衛生上よろしくない。中身が排水だなんて言ったら、ホテルの方にひどく叱られたかもしれない。でも中身のことを聞かれなかったので黙っていた。それが原因で、そのホテルで何らかの衛生上のトラブルが起こったらどしようかと不安だったが、何のトラブルも発生しなかった。

 大いに反省した。次回からは、採取した排水はその日のうちにクール宅急便で会社の分析室へ送ることにした。若き日の失敗の一コマである。もう時効だよね。